孔子のことばで、政治を行なう者の心得として、正しい人間がまつりごとを行なえば、命令等無くても正しい事が行なわれる、ということだ。つまり国民が信じられる政治は、信じられる人によって行われなければならない、ということになる。ところがいったい、今の政治家という方々の中で信頼に足る人はいるのか。とくに民主党政権になってからの「総理大臣」は特に「ひどい」といわざるをえない。「人格者」までは期待しないけれど、「信義」を貫き、言行一致で国民が安心して任せていられる事は最低条件ではないだろうか。安心して任せられる事は代理民主主義の第一条件の筈である。一々腹が立って仕事にも身が入らないような政治家の為に一人あたり2億もの金を負担しているわけにはいかないのだ。挙句の果てに国は亡び三流国となり、国民は大半が節操の無い無責任教育の犠牲となり、思考力は衰え、無気力化して次の時代への期待も持てない状態と相成っては、亡国の政治家といわざるをえまい。
「ちかいうちに」といって「騙した」とか「騙された」とか間抜けた遣り取りをしてるような政治家を代議士にしたのは誰だ。国民が血税で支えている「国家」の運営を任されている事を忘れてはいないのか。毎日が真剣勝負の民間の中小企業の社長は今、毎日「死ぬ覚悟」で過ごしている事を知らないであろう。知っていれば毎日白刃の下を掻い潜る気持ちで、切羽詰まった遣り取りを実現して貰いたい。政治も「命掛け」の仕事をして、敗れれば「腹を切る覚悟」位の真剣さがあるべきである。
男「石原慎太郎」がついに「立ち上がった」、国民が密かに恋焦がれていた、貴重な生き残り「侍政治家」だ。「まってました」気合の入った真剣勝負を。この人には「日本人魂」と「信義」を重んじる「武士」を感じる事が出来る、「本物の日本人」だ。この「勇将」の下には「弱卒」は似合わない、心ある政治家が結集して貰いたいものだ。橋下さんは一寸焦って訳の分からない人間まで入れてしまって、やや評価を落としてしまったのが惜しまれるが、若気のそしりも大先輩と組む時には「覇気」として、大いに「力」を発揮するに違いない。「万歳!!」。一緒に「突撃」がしたくなった。お前も生き残りだねぇ。