高校の漢文の教科書にも載っていた、孔子の言葉、つまり論語にある教えである。
人に気に入られようと、言葉を巧みに弄び、愛想笑いをするような人間には「仁徳」を備えた人はいないものだ、という意味だ。鮮き、は「すくなき」と読み、少ない、稀、と言う意味があると習った。もともと活きが良い、あざやか、の意味なのだが、冷凍技術なんてなかった昔には、新鮮な魚は手に入らなかったのだろうか、全く逆の意味のようだが、論点は漢字の難しさではない。最近もっとも見たくないものは、麻生総理大臣の顔である。これが毎日何回も登場してくるものだから、このところ気分がよくないし体調まで崩れてしまった、しかもデジタルの特大画面一杯に鮮やかにであるから堪らない。
四十過ぎの顔は自分が作り上げた顔である、けっして親の所為ではない。この人の卑しさ醜さしか感じられないのは私の偏見なのかもしれないが、高貴までは期待しないがせめて品格、教養、思慮、位は感じたいものである。なにしろ文明国「日本」の代表なのだから。こんなたぐいの人間を選んだ人も、総理にまでした議員たちも自民党も良くこの顔を視て、何を感じるのか聞きたいものだ。
せめて語らず、苦虫を噛んで、カメラを睨め付けていれば良いのだが、浅はかに良くしゃべり、絶えずニヤついて、庶民にさえ下から愛想笑いをしてる姿には、高い志があるとも、日本国への責任の重大さも全く感じられない、厚顔無恥としか言いようがない。ついでに言うと民主党の小沢さんの傲岸不遜な顔も見たくない顔である。選挙も近いので選ぶ人の顔を良く視て、語る言葉を良く聞いて中身までも見抜いて選びたいものである。